起業するとき、新規事業を行う際に一番気をつけておきたいのが商標権です。
業種を問わず言えることなので“一番”としました。
商標は消費者にとっての目印です。売上も左右しかねません。
上記はうがい薬(イソジン)のライセンスが切り替わったことで生じた問題を図示したものです。
消費者に馴染みのカバのキャラクターは元ライセンシーの明治が商標権を取得しています。
そのため現ライセンシーの塩野義製薬はイラストを変更して販売しています。
このように商標権とは商品やサービスのブランドイメージにも影響を与えるものです。
商標権とは商品やサービスの名前、ロゴマークなどについて取得できる権利です。
トヨタの“レクサス”とかソニーの“ウォークマン”とかアップルの“リンゴのマーク”とか(以下の商標)。
“PPAP”が関係ない第三者によって商標登録出願されていた話題は記憶に新しいと思います(ちなみにこの出願は本記事作成時点で登録されていません)。
(参考:毎日新聞記事 大阪の会社が商標出願…ピコ太郎さんとは無関係)
同じ人物がWINDOWS11、WINDOWS12・・・という感じで信じられない数の様々な出願をしています。
こうした商標の問題は製造業だけでなくサービス業、小売業などあらゆる業種で起こり得ることです。
特許権や意匠権に比べると権利を取得しやすく、一旦誰かに先取りされると後々まで苦労することになるからです。
例えば、最近話題になった公道を走るサービスの「マリカー」の商標権に対して任天堂が異議申立てをしましたが認められませんでした。
商標権侵害が成立すると、たとえ先にその名称やマークで事業を始めていても差止や損害賠償の対象になってしまいます。
名称やマークの使用停止、変更を余儀なくされます。審判や裁判で争うにしても費用・時間がばかになりません。
なお、商標権は取得費用も特許権などと比べて安いです。 商標権の存続期間である10年分(更新可)の費用、代理人費用などまるまる込みで10万円程度というイメージです(代理人によって異なるためあくまで参考イメージですが。 詳しくは記事「知的財産権を取得するための費用は?」参照)。 |
特許や意匠は最悪誰かに権利を取得されなければそれでいい、というのであれば誰よりも早く事業を行えばいいと考えることができます。
事業化に伴い技術やデザインが世間に公開されることで、その技術やデザインは“公知”のものとなります。
公知になった技術やデザインは誰も特許権や意匠権を取得することができなくなってしまいます(参考:下枠の条文)。
誰もが知る技術やデザインはもはや保護に値しないという考えに基づくものです。
(特許法の条文:特許の要件)
第二十九条 産業上利用することができる発明をした者は、次に掲げる発明を除き、その発明について特許を受けることができる。 一 特許出願前に日本国内又は外国において公然知られた発明 (意匠法の条文:意匠登録の要件)
第三条 工業上利用することができる意匠の創作をした者は、次に掲げる意匠を除き、その意匠について意匠登録を受けることができる。 一 意匠登録出願前に日本国内又は外国において公然知られた意匠 |
つまり特許権や意匠権を持つことができなくなる代わりに第三者もその技術やデザインについて権利を取得することができず、特許権や意匠権の争いは発生しようがなくなるのです(ただし、模倣し放題という問題がありますが)。
一方、商標権は公知だからと言って権利を取得できなくなるものではありません。
誰もが知る名前やロゴマークはむしろ保護すべきものです。
偽ブランド品を思い浮かべれば理解できると思います。
公知化したものについても権利を取得できるという商標法の規定は、あくどい第三者あるいは偶然同じ名前やマークを考えていた第三者が商標権を先取りできてしまうという問題があります。
事業リスクを低くするという意味からも商標権取得については検討した方がいいでしょう。
以下、商標権取得を前提として説明します。
1.商標登録出願のタイミング
商品やサービスの名称やマークが確定したらできるだけ早く出願すべきです。
事業を開始してからではその商品名、サービス名を見た第三者がすぐに出願してしまう可能性があります。
商標権は早い者勝ちなので、誰よりも早く出願する必要があります。
ですので、どんなに遅くても事業開始前に出願を済ませておくべきと言えます。
ただし、商標登録出願が必ず登録されるとは限りません。
似たような商標が登録されているということで出願が拒絶された場合は最悪です。
商標を変更しなければその商標権者の権利を侵害することになります。
店の看板とかチラシとかも全部変更しなければならなくなります。
出願した商標が登録されるまで半年くらい見ておいた方がいいです。
2.商標権を取得する範囲
名前やマークについて商標権を取得すれば、必ずしも第三者のどのような使用でも禁止できるというわけではありません。
商標登録出願は自分が使用する商品やサービスを指定しなければなりません。
例えば、リンゴのマークの商標に関して「電子計算機」を指定する、など(以下イメージ)
商標権の権利範囲は指定した商品やサービスに基づき決まります(指定した商品やサービスとは無関係な商品やサービスについては商標権の効力が及びません)。
あれもこれも指定して出願することは可能ですが、商品やサービスに定められた区分(便宜的に商品やサービスを分類したもの)をまたがると料金が倍増していきます。
さらに商標を使用しない商品やサービスについては審判で取り消される可能性があります。
従ってやみくもに商品やサービスを指定するのではなく、開始する事業、今後拡大しようと思っている分野に係る商品やサービスを適切に判断し、指定する必要があります。
例えばフィットネスジム(サービス業)を例に挙げると、指定する役務として「フィットネス施設の提供」、「フィットネスの教授」が考えられますが、それだけでなくシャツやプロテインの販売も視野にあるのであればこうした商品を指定する必要があります。
特に、通信販売が可能な商品は勝手に商品名を使用して利益を得ようとする第三者が出てくることが予想されます。
売上への影響、自社品質についてイメージ低下につながるリスクと言えます。
このように将来的な経営を見据えて権利を取得する必要があります。
3.商標を決めるときの留意点
(1)類似する商標がないか
商標登録出願は早い者勝ちです。
同じ商品分野、サービス分野に似たような名前やマークのものが存在しないか、商標権が取得されていないか確認すべきです。
そうした商標権が第三者によって取得されている場合、自社の商標登録出願が拒絶されるばかりか、その名称やマークを使用して事業を行うと商標権侵害になってしまいます。
(2)品質などを表現するネーミングは権利的に弱い場合が多い
「うまい」とか「大きい」とか「ヘルシー」とか「キレイ」などその商品の有用性や品質、成分などを直接的に表現した名称のものがよく見られます。
そうした名称は消費者の目に留まりやすいですので売上に寄与する場合も多いのではないかと思います。
こうしたネーミングの例を挙げてみます。
花王の「ヘルシア」 | |
小林製薬の「糸ようじ」 | |
ポッカサッポロフード&ビバレッジの「じっくりコトコトニ煮込んだスープ」 | |
雪印メグミルクの「毎日骨太」 | |
明治の「おいしい牛乳」 |
一方、こうした商品名のデメリットとして、商標登録されづらいこと、商標登録されても似たような第三者の商標を抑えづらいことが挙げられます。
例えば、上表一番下の商標は「おいしい牛乳」ではなく「明治 おいしい牛乳」です。
商標法では識別力がないものの登録を認めていません。
「おいしい牛乳」では登録が難しいということでしょう(参考:下枠の条文)。
(商標法の条文:商標登録の要件)
第三条 自己の業務に係る商品又は役務について使用をする商標については、次に掲げる商標を除き、商標登録を受けることができる。 三 その商品の産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状(包装の形状を含む。第二十六条第一項第二号及び第三号において同じ。)、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又はその役務の提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する標章のみからなる商標 |
また、「おいしい牛乳」という表現を用いた商標権が他にも存在します(以下)。「森永の」と付いているのがポイントです。
さらにセブンアンドアイからも「おいしい牛乳」と名の付く商品が発売されています(商標権は取られていません)。
第三者が普通に用いられる方法で「おいしい牛乳」を表示しただけでは明治や森永は商標権を行使できません(参考:下枠の条文)。
(商標権の効力が及ばない範囲)
第二十六条 商標権の効力は、次に掲げる商標(他の商標の一部となつているものを含む。)には、及ばない。
二 当該指定商品若しくはこれに類似する商品の普通名称、産地、販売地、品質、原材料、効能、用途、形状、生産若しくは使用の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格又は当該指定商品に類似する役務の普通名称、提供の場所、質、提供の用に供する物、効能、用途、態様、提供の方法若しくは時期その他の特徴、数量若しくは価格を普通に用いられる方法で表示する商標
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こうしたネーミングを採用すべきか否かはメリットとデメリットをどう判断するかによるのでしょう(消費者への訴求力を重視するなら可、第三者と名前の競合を避けるなら否、など)。
商標権として強い名前にしたいのであれば造語(唯一無二の名前)が挙げられます(例えば、トヨタの「レクサス」)。
模倣した第三者が言い逃れる道が少ないと言えます。
ただし、その名称を浸透させるのにかなりの営業努力をしなければならない点がデメリットとして挙げられます。
このようにパッと見は単なる名前やマークなのですが、商標権は重要な問題です。
手遅れにならないよう気をつけてください。