先使用権の確保(第三者の攻撃リスク対策)

2017.05.27

 特許庁に出願して知的財産権を取得するには費用が発生します。
(過去記事「知的財産権を取得するための費用は?」参照)

 製造業だろうがサービス業だろうが“費用対効果”が重要で、後々のことを考えたら費用が発生しても権利を取得しておいた方がいい場合が多いと思います。
 (参考:過去記事)
  「利益、損失シミュレーション:製造業の場合
  「利益、損失シミュレーション:サービス・流通業の場合

 一方で、最低限でも自分ビジネスを行う権利だけ確保できればいい(訴えられて事業がストップしなければそれでいい、模倣されても別にいいや)という考え方もあり得ます。

 模倣者があらわれたとしても、その時にはさらに新しい商品やサービスを展開して模倣者の先を行くビジネスをやる!

 というのなら特許の必要性は薄いかもしれません。

 ただ、そう簡単なことではありません。

 起業前やスタートアップ期に先を見る余裕はないでしょう(資金面の余裕もしかり)。

 順調に軌道に乗るまで誰からも邪魔されなければそれでいい、という考えで落ち着く場合も多いかもしれません。
  
 「先使用権」という権利があります。

<先使用権について>

 例えば、特許権を取得せずに事業を行っていたら、後からその技術について特許権を取得した第三者が現れたとします。

 自分が先に始めたのに、後発事業者(特許権者)のせいで事業ができなくなっては不公平ですね。

 特許法などではこうした不公平がないように、例え特許権が存在しようとも先発事業者にその実施をしている発明および事業の目的の範囲内でその発明に係るモノの製造や販売を行うことを認めています。

 これが先使用権です(特許法79条、実用新案法26条で準用する特許法79条、意匠法29条、商標法32条)。

<参考>
(特許法条文:先使用による通常実施権)
第七十九条  特許出願に係る発明の内容を知らないで自らその発明をし、又は特許出願に係る発明の内容を知らないでその発明をした者から知得して、特許出願の際現に日本国内においてその発明の実施である事業をしている者又はその事業の準備をしている者は、その実施又は準備をしている発明及び事業の目的の範囲内において、その特許出願に係る特許権について通常実施権を有する。

   ただし、争いに備えて、先使用権を有することを立証するため証拠を準備しておく必要があります。

1.どのような証拠をそろえておくべきか
 (1)以下のような証拠は、後発事業者の特許出願時に、事業を行っていた(または準備をしていた)ことを立証する証拠となり得ます。
   ★ 研究ノート
     差替え不可のものに、ボールペンで、頁順に、日付・サインなどとともに第三者に理解しやすく記入
   ★ 技術成果報告書
     研究目的、方法、結果、結論、成果を日付などとともに記入
   ★ 図面、仕様書 
     検図・承認の押印、図面台帳などとともに
   ★ 事業計画書 
     製品名、製品番号、目標品質、目標原価、目標価格、目標発売時期、開発予算、開発担当部門などとおもに
   ★ 事業開始決定書 
     事業名、事業内容など
   ★ 見積書、請求書 
     デザインや金型発注など
   ★ 納品書、帳簿類
     原材料の購入、製品の納品など
   ★ カタログ、パンフレット、商品取扱説明書   
   ★ 製品現場の映像、製品そのもの(公証役場の確定日付印のあるもの) 

 (2)上記(1)の証拠を客観的なものにするためにはいくつかの方法があります。
   ☆ 確定日付 
     公証人が、私署証書に確定日付を付与。自ら保管。手数料は1件700円。ただし、文書の作成者や内容の真実性を証明するものではなく、改ざんを疑われないようにする必要があります(例えばなるべく手書きの文書にしない)。
   ☆ 事実実験公正証書
     公証人に現場を直接見聞してもらう方法です。文書は公証人役場の書庫に20年間保管されます。1時間11,000円(日当、旅費別)。
   ☆ 私署証書の認証
     認証対象文書の署名や記名押印が作成名義人本人によってされたことを証明するもので確定日付と比べて証拠力が高いです。手数料は1件11,000円。文書だけでなくDVDなども箱に入れて認証を受けることができます。
   ☆ 電子公証制度
     電子公証制度は公証人が電子データに対して内容の証明などを行うものです。利用者は事前に電子公証システムを利用可能な電子証明書を取得しておく必要があります。手数料は、認証または確定日付の付与がされた電子文書の保存が300円(20年間)、それらの電子文書と同一の内容であることの証明700円。
   ☆ タイムスタンプ
     民間サービスです。電子データに時刻情報付与することで、その時刻にそのデータが存在したこと、その時刻から検証した時刻までの間にその電子情報が変更・改ざんされていないことを証明するものです。
   ☆ 電子署名
     紙文書に押印、サインするのと同じように電子データに対して電子的に行うものです。上記タイムスタンプは日付と改ざんされていないことの証明に有益なのに対して、電子署名は誰が作成したかの証明が可能になります。電子署名を行うためには本人を認証するための電子証明書が必要です。
 
参考:https://www.jpo.go.jp/shiryou/toushin/chousa/pdf/zaisanken/180902syou.pdf

2.商標にも使えるか?

 特許法の先使用権と同じ制度が商標法にもあります(商標法32条)。

 ただし、商標の場合にこの権利が認められるためには自分が使う商標(商品名、サービス名、店名、その他マークなど)が第三者の商標登録出願前に周知になっていることが要件になっています。

<参考>
(商標法条文:先使用による商標の使用をする権利)
第三十二条  他人の商標登録出願前から日本国内において不正競争の目的でなくその商標登録出願に係る指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役務についてその商標又はこれに類似する商標の使用をしていた結果、その商標登録出願の際(第九条の四の規定により、又は第十七条の二第一項若しくは第五十五条の二第三項(第六十条の二第二項において準用する場合を含む。)において準用する意匠法第十七条の三第一項 の規定により、その商標登録出願が手続補正書を提出した時にしたものとみなされたときは、もとの商標登録出願の際又は手続補正書を提出した際)現にその商標が自己の業務に係る商品又は役務を表示するものとして需要者の間に広く認識されているときは、その者は、継続してその商品又は役務についてその商標の使用をする場合は、その商品又は役務についてその商標の使用をする権利を有する。当該業務を承継した者についても、同様とする。

 この「周知」というのは全国にその名が知れわたっていることまでは必要でなく一地方に知れわたっていればよいとする裁判例が多くありますが、スタートアップ期の企業には非常にハードルが高いと考えられます(最初から大々的にCMをやっているなど)。

 また、その商品名や店舗名が商標未登録だと知った第三者が先取り的に商標登録出願して登録するリスクがあります。

 こうした場合、周知性の要件を満たすとは考えられません(そもそも周知な商標と同じ他人の商標登録出願は商標法上、登録されないことになっています)。

 最近ではPPAPの商標権に関する報道がありました。

 第三者に商標権を先に取られてしまった場合、なかなか先使用権が認められにくいです。

 その商標の使用をやめるか、商標権者の言いなりになるしかないのが現状です(裁判で争うというのも手ですが費用と時間がかかるだけかもしれませんし)。

 商標に関しては事前に出願しておいた方がいいでしょう。

 特許などに比べると費用はかかりませんし。

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