知財保険

2017.05.22

 前回の記事「事業リスクと保険」では事業の中における“知財リスク”について触れました。

 “知財”というと最新技術の限られた分野のリスクという印象があるかもしれませんが、企業のブランド化に直結する重要な要素です。

 前回も挙げましたが、例えば消費者に認知される商品名やマークを維持することはブランド化と密接な関係があります(下イメージ図)。
 

 ブランド化のためには長期的な視点からどのような権利を確保しておくべきか、など十分に検討する必要があります。

 ただし、それでもトラブルが発生する場合があります。
 中には第三者からの言いがかり的なものもあるでしょう。

 こうした知財に関するトラブル対策の一つに“保険”が挙げられます。

 これまで知財保険は各損害保険会社であまり積極的に売られてきませんでしたが、最近は状況に少し変化が見られます(知財重視の風潮が高まってきました)。

 特許庁海外知財訴訟費用保険について紹介しています。

 日本商工会議所などを介し、損保ジャパン日本興亜東京海上日動火災三井住友海上火災の3社が保険を引き受けています(下図)。

 
 (出典:特許庁https://www.jpo.go.jp/sesaku/shien_sosyou_hoken.htm)

 特許庁HPには各損保会社の保険パンフレットが貼り付けられています。
 

 この商工会議所を介した海外知財訴訟費用保険について公開情報に基づき整理してみます。
 引き受けの条件は損保会社によって異なる部分があると思いますので以下はあくまで目安です。

加入対象 中小企業基本法に定める中小企業(※1)であり商工会議所の会員事業者
補償対象 現地法人がない場合/現地法人がありその現地法人と契約関係がある現地販売店がある場合 (東京海上パンフより)
保険適用地域 全世界(日本・北朝鮮を除く) 
支払限度額 500万円/1,000万円/3,000万円/5,000万円
免責金額 10万円
保険料 国から半額助成(国の予算上限額に達するまで)(※2)
保険の対象係争 第三者の知的財産権(※3)を侵害したこと、侵害のおそれがあることを理由に第三者から訴訟の提起等(※4)を受けた場合
 保険の補償費用  訴訟費用(弁護士費用、鑑定費用、その他の費用)(ただし、敗訴の場合の損賠賠償金等は対象外
 加入に当たっての確認事項 ・保険対象地域の売上高(実績がない場合は事業計画) 
・中小企業

※1 中小企業の定義(中小企業基本法に基づく)

業種 資本金   従業員数
小売業 5,000万円以下 または 50人以下
卸売業 5,000万円以下 または 100人以下
サービス業 1億円以下 または 100人以下
製造業その他 3億円以下 または 300人以下

※2 損保ジャパンのパンフによるとアジア全域での売上高が1億円の場合、保険銀額500万円で保険料は10万円(助成により半分補助)、保険金額1,000万円で保険料は20万円(助成により半分補助)とあります。

※3 ここで言う知的財産権とは(下表は三井住友海上のパンフより)

特許権 新たな発明を行ったものがもつ権利
実用新案権 物の形状・構造等に関する考案に与えられる権利
意匠権 物品の形状・模様・色彩のデザインに関する権利
商標権 自社の商品と他社の商品とを区別するための文字、図形、記号、色彩などの結合体に関する権利
著作権 特許権、実用新案権、意匠権または商標権に相当すると引受保険会社が認めるもの

※4 損害賠償請求、差止請求、信用回復措置請求、不当利得返還請求、これらに付随してなされる審査、審判、訴訟による知的財産権に関する有効性の確認

 以上についてポイントと思われる点を列挙します。

保険料(損保会社に支払う掛け金)は通常の知財保険に比べると安い。

・対象エリアが全世界(日本、北朝鮮除く)なので訴訟リスクが大きく、訴訟費用が高額な国にも対応できる(例えば米国)。

・保険が適用されるのは訴えられた場合だけ(自社が相手方の知的財産権を侵害した場合だけ)なので防御用途にしか使えない。すなわち自社商品を模倣する第三者に対して訴訟を提起しても保険金はおりないので模倣対策には使えない(通常の知財保険よりカバー範囲が狭い)。

・著作権に起因した訴訟は、著作権が特許権、実用新案権、意匠権または商標権に相当すると認められる必要があるので、イラスト、写真、文章、音楽などの文芸、美術的な著作物については認められない可能性がある。プログラムに関する著作物は特許権にもなり得るので認められる可能性が大きいと考えれる。

 本保険商品は訴えられた場合限定ではあるのですが、商品名や企業名などについてその国で第三者が先取り的に商標登録出願していた場合(その後、その出願が登録され、その第三者から商標権を根拠に訴えられるリスク)などに対応できると考えられます。

 例えば、当該国への商標登録出願が未登録の場合において、本保険に加入しつつ当該国に商標登録出願を行い、当該国で商標登録されるまでのまさに“保険”にするという使い方ができそうです(特許や実用新案、意匠についても同様)(下イメージ図)。

 

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